本当の自分は誰にもあげない - 羊文学『きらめき』レビュー
7月3日。2019年もB面に差し掛かって程なく、羊文学の新作『きらめき』が届けられた。
羊文学は、昨年リリースした1st アルバム『若者たちへ』に代表されるように、若者の心象風景を描き出すことに関しては本当に長けている。絶対的な塩塚モエカ(Vo. G.)というフロントマンが紡ぐ歌詞とメロディは、若さゆえの焦燥感を露わにさせ、僕らの心を掴んで離さない。その繊細な彼女の歌とギターと意志が、ゆりか(Ba.)とフクダヒロア(Dr.)の力強いリズム隊と合わさった瞬間、無敵になる。スリーピースバンドのシンプルな良さが、そこには凝縮されている。
そんな彼女たちの新作『きらめき』は、これまで以上に「女の子らしさ」が表出した作品となった。塩塚がCHARAのライブに行き、「女」を前面に押し出して表現している様を観て、今回そのようなコンセプトに至ったとのこと。アートワークやMVにも女性作家を起用し、こだわりを見せている。
「二人共Chara好きだから…」ってみらこさんと塩塚さんの『きえる』カバーが素敵過ぎて泣けた夜… ;) pic.twitter.com/Puz3Zx8a1l
— クワタナオノリ (@zoffy) February 23, 2019
△2019年2月23日、下北沢THREEにて行われた企画「WEARING THE INSIDE OUT」の本編終了後、対バンした揺らぎのみらこ(Vo. G.)と塩塚が即興でCHARAの"きえる"をカバーし、会場を沸かせたという一幕も。
さて、そんな『きらめき』により迫るべく、順を追って収録曲を見ていくことにしよう。
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1. あたらしいわたし
軽快なギターから始まる、まさに「女の子を肯定する」ようなナンバー。
化粧品CMのコンペに出すための曲ということで、歌詞もそのような方向に寄せられているが、印象深いのが塩塚の歌い方。過去の作品に比べて、より伸びやかで、ビブラートが効いているように聴こえるのは気のせいだろうか(そしてこの変化は今作全体に言うことができるように思う)。
そういった歌い方の変化により、終盤の
あなたでいることいいのよ
本当の自分は誰にもあげない
というフレーズも相まって、自分自身を認める揺るぎない強さを感じさせる。もちろん、その強さは弱さを知っているからこそのものだということは、これまでの作品を聴けば自明だ。
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2. ロマンス
"あたらしいわたし"に続いて
女の子はいつだって無敵だよ
とキラーフレーズを放つ、女の子肯定ソング。
冒頭の2曲はこれまでの羊文学に比べると溌剌としており、新しい一面を覗かせたという印象が強い。
しかし、塩塚自身は「誰かのためというよりは自分がそう思いたくて歌詞を書いている」といった旨の発言をしている。思い返せば、羊文学のこれまでの曲も「自分たちのため」の歌に聴こえてくる。そう思えば、この曲も今までの羊文学と地続きにあると言っていい気がするのだ。
「ネトストをしておかしくなる女の子が主人公」というかなり危ない裏設定の曲だが、それを全く違和感なくポップに仕上げるのはさすがの一言。かわいさの陰に潜む狂気がそこにはある。そして、この曲に"ロマンス"というタイトルを付けてしまうセンスが、本当に素晴らしい。曲のイメージがスーパーカーというのもまた面白い。
△リリースに先駆けて公開された"ロマンス"のMV。プールサイドの奇妙なダンスがクセになる。
△過去にはワンマンライブでスーパーカーの"AOHARU YOUTH"をカバーしたこともあった。
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3. ソーダ水
冒頭2曲から一転、シリアスなモードに。丁寧に鳴らされるギター、それと優しく絡み合うベースとドラム。ミディアムテンポの曲こそが羊文学の真骨頂だと言わざるを得ない。一切の無駄がなく、圧倒的に美しい。
歌詞も秀逸で、
僕らの部屋は井戸の中浮かぶ小舟だ
波を打つきみの息の根は新しい飛行機雲だ
というフレーズには思わず脱帽。どうしたらこんな言葉を選ぶことができるのか…。リスナーの心の深い部分で響き渡る名フレーズだ。
パチパチと炭酸がはじけるソーダ水。僕らの日常は時折思わぬ事象に脅かされ、途端にはじけてしまうような儚く脆いものだが、塩塚はそれを誰よりも知っているからこそ、こういう曲が描けるのだと思う。個人的には、今作のベストナンバー。
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4. ミルク
こちらもミディアムなナンバーだが、シリアスさというよりはポップな印象が強い。「覆水盆に返らず」をアメリカでは「こぼれたミルクを嘆いてもしょうがない」と表現することからヒントを得て作られた一曲だとか。
シンプルな曲だが、考えるのに時間がかかったというギターのフレーズは、考え抜かれた故の洗練さがある。もはや職人技。
過ぎ去ったことをくよくよ考えてしまったとしても
それでいい それでいい それでいいの
と優しく歌う。塩塚自身に向けられた言葉でもあることは、言うまでもない。
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5. 優しさについて
今作の中では最も新しいナンバー。イントロのギターのアルペジオで全て持って行かれてしまう。リズム隊は控えめで、塩塚の存在感をより際立たせている。
「優しさ」とは、時に凶器にもなる。
話を聞いて 優しさというならわたしの強さを壊すのやめて
という訴えが、胸を締め付ける。
後半の、塩塚の跳ねるようなスキャットが本当に美しい。木漏れ日の中でまどろむような幕引きで、今作は締めくくられる。
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今作について、「女の子をテーマにした作品」という紹介のされ方をよく目にする。実際そうではあるのだが、それよりも意味合いとしては「塩塚が女である自分自身を認める作品」であり、つまりそれはアイデンティティの肯定だ。決して女性だけに向けられた作品ではなく、この生きづらさで溢れた日常生活の道しるべになるような力強さが『きらめき』には確かにある。
羊文学は一貫して「自分(たち)のために」歌っているのかもしれないが、それが多くのリスナーに支持されているということは、塩塚モエカが表現者たる所以であり、羊文学の音楽の意義でもあるのだ。
「本当の自分は誰にもあげない」-そんな変わらぬ強さを持ちながら新たな扉を開き続ける羊文学のこれからが、もっともっと楽しみで仕方がない。
(taku / おすしたべいこ)
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参考記事: