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「C」の先へ - Base Ball Bear『C3』レビュー

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2020年1月22日。年が明けて間もなく、早くも僕にとって大切な作品がリリースされた。Base Ball Bearのニューアルバム、『C3』。

 

思えば、音楽を熱心に聴き始めた高校生の頃から10年以上ずっとCDを買い続けているアーティストは、もうほとんどいない。挙げるとすれば、ASIAN KUNG-FU GENERATIONBase Ball Bearくらいだ。そもそも当時から聴き続けているバンドたちの多くは解散や活動を休止するなどして、まず新譜を買いようがない。Galileo Galileiチャットモンチーは、もういない。

 

「バンドは生き物」とはよく言ったものだ。様々な要因で活動を維持できなくなり、時として「死」を迎えてしまう。それでもベボベは、形を変えながらも決して歩みを止めることはなかった。これがどれほどありがたいことか。僕はベボベのアルバムが出る度にそうしてきたように、新譜の入荷日に『C3』を手に取り、歌詞カードを見ながら家でじっくり聴いた。

 

今作は、2019年にリリースされた先行EP『ポラリス』『Grape』から全曲(8曲)と新曲(4曲)の、合計12曲を収録。新曲が少ない印象だが、既発曲は全て一部録り直しやミックス違いとなり、実質全曲新録ではある。とは言え正直なところ、やや新鮮さには欠けるかもしれない。だが、EPとは収録順が異なったり、ミックスの微妙なニュアンスの違いから、曲の新たな一面を感じられる瞬間は度々ある。 それに、新曲群がとにかく素晴らしく、新鮮さがどうだという話をするのはナンセンスに思えるほどだった。全体を通して、バンドが新たなタームに突入したことを高らかに宣言した会心作と言っていいだろう。

 

前置きはこれくらいにして、収録曲ごとに見ていくことにする。深く詳細な解説は各自に任せて、個人的に感じた部分を中心に綴っていきたい。

 

 

 

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1. 試される(2020 ver.)

 

EP『ポラリス』より。ギターのみ録り直し、アウトロが延長されたという意味で「2020 ver.」となっている。

試される 試される
やたら僕ら 試される
試される 試される
ミステリーさ  Boy Meets Girl

ここまで「試される」ことをポジティブに(そしてどこかコミカルに)歌い切った曲をアルバムの冒頭に持ってくる無敵感が爽快。

 

 

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2. いまは僕の目を見て(C3 mix)

 

EP『Grape』より。心の機微を描かせたら小出祐介の右に出る者はいないのではないか?と改めて思わされた。涼しげで爽やかな音像も印象的だ。葡萄色のギターも楽曲に色を添えている。

言葉は穴のあいた 軽い砂袋さ
君まで届ける前に かなりこぼれてしまう

君を大切だと感じた そのときにそのまま伝えたら
何かが変わっていきそうで 不安に飲まれてしまう
「正しく」よりも「間違わずに」 伝えることに慎重になる
手応えばかり求めて 言葉を重ね続ける

一聴すると「大切な想いを伝える難しさを歌ったラブソング」と捉えることができるが、同時に小出自身の「言葉を紡ぐ者としての苦悩」が反映された曲とも解釈できるだろう。そんな小難しい話はさておき、葡萄のような豊潤さを増したベボベ流ギターロックの最新形にして一つの到達点を宣言する新たな名曲だ。

 

 

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3. Flame(C3 mix)

 

EP『ポラリス』より。"試される"→"いまは僕の目を見て"→"Flame"という流れで、より深く内省的な部分へとリスナーを誘っていく。この楽曲は、結果的に今作の中で最もシリアスかもしれない。2サビ終わりのギターソロは曲の流れからすると少し過剰なくらい激しいが、それを経て歌われるラストのサビへの導入のような役割も果たしていると感じた。

もう諦めてた残火を 育てるのは呼吸
これからも忘れられないかなしみを 引き連れてく Birthday

過ぎ去ったかなしみをただ反芻しても何も生まれない。顔を上げれば、人には人のかなしみがあり、皆それを乗り越えてきた。そして、これからもかなしみを忘れることなく、むしろ糧として生きていく決意をする。そんな切実なバースデイ・ソング。

 

 

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4. Summer Melt(C3 mix)

 

EP『Grape』より。終わりゆく恋を、溶ける氷と秋の始まりになぞらえて描いたナンバー。

コーヒーの氷は溶け続ける
薄まるの 恋感覚

特筆するべきはこの歌詞。氷によってコーヒーが「濃い」のが薄まっていくのと「恋」の感情が薄まっていくことを巧みに組み合わせたダブルミーニングとなっており、何気なく歌われる詞にも強いこだわりを感じる。もはや職人技。

 

 

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5. L.I.L.

 

新曲。タイトルはおそらくベボベのライブツアー「LIVE IN LIVE」が由来と思われるが、どうやら他にも意味があるらしい。

歌詞には過去曲の要素が見え隠れしている。

曖昧なゆらぎの波に 小さな舟を出し
→"方舟"(『二十九歳』収録)のオマージュ

深い朝の街角で 僕は僕と会っては
→"深朝" "新呼吸"(『新呼吸』収録)のオマージュ

いずれも原曲を踏まえた上での歌詞と思われるが、元がネガティブなイメージだったのに対して今作ではポジティブな意味合いで用いられている点が興味深い。ライブバンドとしても豊富な実績を積んできたベボベだからこそ描けた風景。

 

2020/01/29 追記

 

言の葉が 舞い踊る このフロアで Oh Baby

これまでベボベの曲において「踊る」というワードは何度か出てきたが、今回に関しては自分ではなくもはや「言の葉が」踊っている。新たな次元へと達している印象を受けなくもない。

 

ふたたびメーター合わせる 440ヘルツ

ここでいう「440ヘルツ」というのは、ベボベが普段基準としているチューニングの周波数のことらしい。ズレていた周波数のメーターを合わせるということは、もちろん「再出発」を意味しており、ベボベの現在地を歌った曲だということが分かる。

 

 

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6. EIGHT BEAT詩

 

新曲。タイトルは"ポラリス"の歌詞に登場した「『EIGHT BEAT詩』の天」というフレーズから。「EIGHT BEAT詩」という一見すると不思議な文字列も発音してみれば「AとBとC」となる。それはベボベの3人でもあるし、電波塔の3点でもある。

小出の別プロジェクトであるマテリアルクラブを含め、これまで幾度となく披露してきたラップ形式の楽曲だが、従来と大きく異なるのはギターの音が一切入っていない点と、明確に自分(バンド)語りしている点だ。チャップマン・スティックとドラムのみであたかもスリーピースのような音を作り出し、韻を踏みながらバンドの歴史を総括していく。

Back to the 2001年 午後イチの体育館で鳴らした精一杯のスーパーカー

メジャーは厳しい それでもひねり出した「GIRL FRIEND」は金字塔 

穴のあいた砂袋 中身 君に届けるための苦労に命賭けよう 

突然もげた片翼 狂うバランス 無様に羽ばたくイカロス

生まれ変わってきた現実 まさに実践編のchanges示してく

これが涙腺を刺激しないわけがない。挙げ出せばキリがないが、これまでバンドが歩んできた道のりを巧みな言葉で表現し、現在地を確かめている。「片翼」が湯浅将平のことを指しているのは言うまでもない。

この先もA、B、Cとバンドの歴史を書き足してゆく、そんな決意を新たにする楽曲。

 

 

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7. セプテンバー・ステップス(C3 mix)

 

EP『Grape』より。名物「小出カッティング」を存分に堪能できるナンバー。歌詞もリズムに乗ってしきりに繰り返され、どことなく初期を彷彿とさせるような印象。

もうタッタッタッタッ……と、
さっさっ去ってく、
君ばっかで暑すぎた夏
永遠 遠 遠の7、8月
青空が 爽やか さみしい

メジャー初期の『GIRL FRIEND』や『C』に見られたニューウェーブ的な「ひねくれギターロック」路線を改めて体現した、ゼロ年代パラレル・ワールド的な趣がある。アウトロのギターも新たなミックスでより際立っているようにも聴こえる。

 

 

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8. PARK(C3 mix)

 

EP『ポラリス』より。軽快なラップを聴かせるナンバー。ギターの残響など、既発曲のミックスの中でも特にアップデートが顕著。

アレゴリーの檻に囚われた 動物たちの棲みかがこのパークさ 

"みんな辛い時代"に慣れてる次第 だけどこのまんまじゃLandslide

雌雄 老い若い 以前に個人でしょ 違うからある想像力(イマジネーション)

こうして歌詞を切り取るだけでもメッセージ性の強さを改めて感じる。 価値を再定義することで時代を切り開いて行こうとする様は『C2』の頃の要素にも繋がってくる。現状に胡座をかくことはしない、そんなバンドのアティチュードは今でも変わらないのだろう。

 

 

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9. Grape Juice(C3 mix)

 

3人で音楽を奏でるよろこびを前面に押し出したロックンロール・ナンバー。

でかいギター ひくいベース はやいドラム よ、吹き飛ばして

ここまでストレートだと実に清々しい。

余談だが、タイトル(というかモチーフ)に「Juice」を使ったのはハロプロのJuice=Juiceを意識している…と勘繰るのは深読みが過ぎるか。

 

2020/01/29 追記

 

没入して踊る
点滅が暴れる
不自由な自由に溺れる

"L.I.L."に続いて、ここでも「踊る」が登場。ベボベはかつて"Tabibito In The Dark"で「すべてを振り切るように」踊っていたが、ここではそういったシリアスさよりは本能的に踊って楽しむ意味合いが強いように思う。何せ「没入」しているのだから。

「点滅が暴れる」というのは、ライブハウスなどで踊ることによって視界がブレることを指しているのだろうか。「不自由な自由」もライブハウスのことだとも言えるし、あるいはスリーピースという形態のメタファーだとも言えるかもしれない。

 

 

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10. ポラリス(C3 mix)

 

EP『ポラリス』より。徹底的に「3」で縛った歌詞に、初めて3人でヴォーカルを録ったということもあり、今作に収録されたことで『C3』というアルバムタイトルに説得力を持たせている。先に述べたように「EIGHT BEAT詩」というフレーズはこの楽曲で登場。

街と海と私の三角関係

三部作くらいじゃ終わりそうもない 

"GIRL OF ARMS"(『C』収録)の「街と海と俺の三角関係」という名フレーズをもじった歌詞に目が行きがちだが、「三部作」という部分にも注目したい。これは紛れもなく本作を含めた「Cシリーズ」のことだろう。それが「終わりそうもない」のだから、バンドの旅はまだまだ続く。

"Grape Juice"→"ポラリス"という流れで、改めて3人でバンドを続けていく宣言を固めている。ベボベにとってもリスナーにとっても、これほど強い希望があるだろうか。

 

 

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11. Cross Words

 

新曲。アルバムのリリースに先駆けてMVが公開された、本作のリードナンバー。イントロのギターからすでにずるい。この曲が生み出されるまでたどってきた道のりの長さを思わせる渋みと切なさが音に詰まっている。久々に登場した白黒のテレキャスターも、長年のファンにとっては嬉しいポイントだ。

息をするように君の名前を呼びたい 感じてほしい 僕を
埋められない空欄(あな)は今じゃなくても いいんだよ すべてがヒントさ

クロスワードパズルになぞらえた歌詞の秀逸さたるや。"いまは僕の目を見て"を聴いた時に匹敵する感動が、こんなにも短期間で再びやってくるとは思っていなかった。それだけ現在のベボベが良い状態だということを示してもいるわけなのだが。

YouTubeのコメント欄で「同性愛の曲」という解釈がなされているのを見かけたが、それが正解かどうかは重要ではない。そう解釈できる幅を持った味わい深い歌詞を書ける小出祐介には脱帽するばかりだし、性別や対象に関係なく「大切な誰かに向けられた想い」という本質的で普遍的な感情を見事に綴ったという点において、この曲はベボベ史の中でも最大級の賛辞が送られるべきなのだ。

 

 

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12. 風来

 

新曲。全国様々な地でライブをする自分たちのことを「風来」に例えたナンバー。

左から来たもの右へ手を加え渡し
凝り固まった毎日を噛み続けて
文と文の間の意味は汲みとりすぎて
気づけば味がなくて

日に3度飲んでるサプリ 手を伸ばし止(や)める
反射で開いてたアプリも閉じる
しばらく帰ってない故郷(くに)の親の顔浮かぶ
生活ってやつは難(かた)く

追われるようにルーティーン化した日常のふとした瞬間に音楽は舞い込んで、忘れかけていた大事なものを思い出させる。バンドもリスナーも「音楽の魔法」を信じることをやめてはいけない。そんなメッセージを受け取ったところで、本作は幕を閉じる。

 

 

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ゼロ年代の四つ打ちロックの原点にして、「彼女」の存在を中心に私小説的な文学性を前面に押し出した『C』。世間に対して「それって、for 誰?」と明確に問いかけ、音楽的にもブラック・ミュージックに接近してテン年代における特異点となった『C2』。そして、スリーピースバンドとして確固たる方法論と矜恃を手に入れ、シンプルかつ強靭なアンサンブルで現在地を鮮やかに浮かび上がらせた『C3』。

 

タイトルからして、本作は公式に発表されている通り「Chapter 3」の幕開けであることに他ならない。しかし、それ以上に「C」というのは3番目のアルファベットであり、『C』=「A」、『C2』=「B」だとしたら、ベボベはようやく『C3』で文字通り「C」にたどり着いたことになる。つまりそれは、ようやくバンドとして新たな出発点に立てたことを明確に裏付けているのではないだろうか。

 

経て、2020年。常に「新しいポップ・ミュージック」を鳴らしてきたベボベが描く、「C」の先へ。

 

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